『僕僕先生』仁木英之

僕僕先生

第18回日本ファンタジーノベル大賞・大賞受賞作品。
毎度ながら本の提供はE中さん。

日本ファンタジーノベル大賞と言えば、日本に数あるファンタジー系の小説賞の中で、唯一と言って良い「非ライトノベル」の賞で、相当真面目な文学賞だというのが私の印象だった。

そんなわけで、それなりに構えて読んだこの作品の内容を簡単に説明すると、「資産家の一人息子であるニート青年が、ある日突然超人的能力を持った一人称が「ボク」(だから「僕僕先生」というわけだ)な不老不死の美少女に気に入られ、一緒に旅するうちにラブラブハッピーになる」という感じ。

重ねて言うが、ファンタジーノベル大賞は硬派な賞である。
選考委員一つとっても、井上ひさし椎名誠鈴木光司といった作家がやってる賞である。

まぁ、実際には堅い部分もかなりある。
舞台である唐・玄宗皇帝代に活躍した人々の伝記や、古代から中世への過渡期において道教的世界観が崩壊していく様相、僕僕先生の周囲に現れる仙道達の思想のあり方など、どれも初歩的なステージに収められてはいるものの、テーマとして非常に面白いものを感じさせるのは確かだ。

そうした硬派な横糸に、ボーイミーツガールな縦糸を絡め、更にその上に「仙道モノ」のSF的な色合いや、萌え文学的なキャラクター描写や、ここ数年流行している「ニート・ヒッキー」文学的な要素を染め上げた作者の作品構成能力の高さは、確かにこの賞を受けるに相応しいだけの実力者、という表現をしても良いのではないか、と考えることは十分に可能であろう。(内容の心にも無い度と文末表現の回りくどさは比例する)

しかし、その一方であえて私の個人的な感想を付け加えるならば、やはり「中途半端すぎてつまらん」という点に収束してしまうのだ。

横糸となる世界観の描写はどれも皮相的な部分にのみ終始し、仙道モノとしては既存の諸作品の描写や古典的エピソードを逸脱することもなく、萌えキャラモノとしては僕僕先生の抱える「陰」の部分に踏み込む事もできず、ニート文学としてはあろうことか「黙っていても天から助けが降ってきてハッピー」という「なめとんのかワレ」的展開をやらかしてしまうありさま。
ニート文学部分については、多分作者はちょっとした皮肉・ジョークのスパイス程度に思っていたのを作品解説や帯で取り上げて拡大宣伝してしまった編集が悪いとも思うんだけど)

特に、主人公が抱える様々な葛藤に対して「苦しいなら無理しなくていいよ、全部ボクがいいようにしてあげるから」的な救済で最後まで済ませてしまい、何一つ主体的行動を取らせない物語展開は、それが「仙道」を語る上では一種当然の事であるとは言いながらも、やはりカタルシスに欠けることこの上ない。
物語の結末からエピローグにかけての展開も、古典においては王道的であることは十分に理解できるのだが、結果的に作品の中心軸を強調するどころか、埋没させる展開としか思えず、ストレスが溜まる。

まぁ、やたらと辛口になってしまってはいるが、その原因はちょうど昨日たまたま積んであったアフタヌーン3月号で「ラブやん」を読んで「これはニート文学におけるディープインパクトだなぁ」とやたらと感心させられた反動があるからであって、決してこの作品自体が「糞つまんねーんじゃ、このボケェ」という完成度だから、という訳ではない。と、思う
総合的な評価をするなら、この作品は極めてよくまとまっており、何処をとっても平均よりも高い位置にあるのは確かなのだ。

作者本人は歴史モノを書きたい、という人らしいので、この作品が果たしてその実力を十分に出し切ったものなのかどうかは分からない。
そう言う意味では、次回作を読んでみたいような、でもわざわざそこまでするほどでもないような、このなんとも言えない微妙さこそ、この作品の持ち味なのだろうか(笑)