『ΑΩ』小林泰三

ΑΩ(アルファ・オメガ)―超空想科学怪奇譚 (角川ホラー文庫)

この世で最も過酷な仕事といえば某宇宙戦艦の第三艦橋のクルー、という笑い話がその筋ではあるそうだ(実際にあそこに人が乗ってるわけではないのだろうけど)が、高い能力とモラルを求められる一方でその待遇が明らかに割に合っているとは思えない仕事というのは確かに世に多く見られる気がする。

数々の不条理な制約の下、数々の困難を単身押し付けられる職場としてよく例に挙げられる中には、連邦艦隊士官といった有名どころ等もあるわけだが、私としては「光の国」の警備隊員なんかが、特にしんどそうだなぁ、と思ってしまう。

幸い、我々が身近に接する機会を持った光の国の警備隊員や測量員は、皆優秀で人柄もよく、献身的態度を最後まで崩さない方々だったため、幸福な出会いであったと回想することが可能なわけだが、やってきたのがあまり優秀ではなく、しかも理屈っぽい割りにモラル面では手抜きをするという手合いだった場合、巻き起こる悲劇の質・量が凄絶なものであったろうことは想像に難くない。

この作品は、つまり、そういう話である。

明らかにB級パロディな設定、随所にみられるネタ演出。
それでいて、真面目で堅いSF的な語り口を維持しつつ、全体に肉と汚液とをぶちまけてデコレートするこの作者特有のスプラッタな雰囲気が、そうしたパロディネタから生臭さを完全に取り去っていて、一つの新たな作品としてキッチリ昇華してみせている。
とにかく、全てにおいて私好みの作品だった。

惜しむらくは、中盤、「超人」的世界観から「悪魔人」的世界観へとスイッチしていく過程が少々一足飛びに過ぎてしまい、後半のプロットがやや混乱気味になってしまったことと、その過程で嫁姉妹や刑事など、もっといい演出・ネタに使えそうなキャラクターが今ひとつ弾けきれないまま終わってしまった点。
小林泰三が度々取り上げる宇宙的恐怖ネタについても健在だが、これまた後半話を収束させるためにガが作者の代弁者的立場でコミュニケートを取ってくるようになってしまったことで若干薄れてしまったのが残念だったかも。

とはいえ、いずれの点も許容できないほどの崩壊・問題点という訳ではないので、序盤の猛烈な加速を受けて一気に読みきってしまえばどうということはない。
久々に痛快(痛不快?)な時間を過ごさせてくれる怪作であったことに間違いは無い、と個人的にはこの出会いを嬉しく思っている。

しかしまぁ、褒めておいてなんだが、こんな不快でバカバカしい作品、喜んで受け入れる人はそんなに多くないのかもしれないなぁ(笑)