好奇心
未だに見苦しい自説を展開して反論を続ける某作家。
この人は、最も重大な点から目をそらしてる気がしてならない。。
それは、「母親は時に我が命を投げ出してでも子を守ろうとする」と言うことだ。
「SEXしたい」「子供産みたい」
確かに、生物ならその欲求は本能として強くもっているだろう。
だが、一度母親となれば、生物の最もベーシカルな欲求である自己生存本能すら投げ出して、動物は我が子を守ろうとする。
高度な脳を持つ猫ともなれば、その情動の強さ・性質は人間とそれ比較しても非常に近く、想像するに難くないと考えられる。
その強い欲求を己の傲慢で断ち切っておきながら、「避妊手術よりは猫の気持ちに立っていると考える」などという主張を繰り広げるこの人の思考は、もはや自己完結の傲慢界に引きこもってしまっているように思える。
我が子を目の前で殺された猫は、こう言ったかったんじゃないかと思う。
「子供を助けてくれ。子供を殺されるくらいなら、ここで飼われるのを諦める」と。
「避妊は無責任な行為」という説をナチスドイツまで引き合いに出して展開するこの人の言葉を、遺伝疾患やHIVなどの母子感染性ウィルスなどのために子供を諦めた母親達が聞いたら、どう感じるだろうか。
「お前達は無責任だ。本能のままに子供を産んでから、自分の手で首を締めて殺すべきだ」とでも言いたいのだろうか?
「言論弾圧はするべきではない」というのは近現代の普遍的真理かもしれないが、それは同時に「言葉には責任を持ち、人を傷つけてはならない」というモラルを同時に責任として要求していることを忘れてないか?
西欧の行き過ぎた動物愛護には虫唾が走る思いを持ってる私だが、今回ばかりはタヒチ政府にしかるべき対処をお願いしたいところだ。
追記
結局、「正しい」ことをしたいのであれば、猫を飼うのをやめるべきだし、そうすることが出来ないのであれば、子猫ではなく自分自身が崖から身を投げて死ぬべきだろう。
自分じゃできないのであれば、周りの誰かが代わりにやってあげてもいい。
まぁ、周囲はわざわざそこまで彼女のために手を汚す気にもなれないから、最終的にはム所に放り込んで、今後ペット飼うのは禁止、って処置を出すに留まるだろうけど。
20060915
Hierophant
いかんなぁ。
先代の法王は教義的には非常に保守的な路線を守った一方で、宗教間の和解に大いに尽力したことによって、世界的に大変な人望があった。
亡くなられた時には日本でも多くの寺がその死を悼む会(先方に配慮して正式な宗教的儀式は避けたようだが)を開いたり、とにかくその功績はローマカトリックの国際的な地位の向上に大きく寄与したものだ。
中東の紛争でもテロを強く非難する一方で、宗教的対立が人を傷つけることがあってはならない、と対話と和解を強く訴えるメッセージを出し続けてきたバチカンが、ここにきて宗教対立を煽る立場に転じるのだとしたら、もったいないことだ。
議員
平蔵ちゃんもさすがに後ろ盾がないと怖くて議員は続けられませんか。
……繰上げ当選が神取忍ってのがなんとも
馳先生が北斗晶を口説き落としてたら、大変恐ろしいコンビが参院に誕生してたことになるわけだね。(笑)
それにしても、タレント議員戦略はもう大概にしてはどうかと思うのだが。
そんな余裕があるのなら議員定数削減してしまえ。
復活
安倍ちゃんは旧宮家を復活させる方向性で考えてるとか。
女性天皇容認の方針と新若宮の事を考えれば、当面復活した宮家にお鉢が回ってくることはないだろうし、現在の宮家がそう遠くないうちに断絶してしまうことを考えれば、無難な策ではあるのかな、と。
ただ、どの宮家が復活するのか、という事になると、その宮家と姻戚関係にある連中の利権争いがすさまじいことになるだろうし、そうして復帰した宮家に対しての心情的な反発が生じる事も大いに考えられる。
何より、そうして復帰した宮家と現宮家の女王の方々との間での婚姻(もしくは、次の世代で新若宮の家系に男児が多数誕生した場合に、祭祀をその親王達に継がせること)を望む声が出てくることが、いわゆるフェミニストの反発を生むだろうこともやっかいな障害ではある。
まぁ、何にしても大変ですな。家守るってのも。
庶民階級と貴族階級にくっきり二分してる日本社会で、こうした伝統(?)の維持について社会的コンセンサスを得ていくのは難しいことなんだろうと思う。
平岩弓枝『御宿かわせみ』シリーズ1〜13巻
子供のころ、水戸黄門や遠山の金さんなどといった時代劇を見ては、そのマンネリズムを嘲ったりしていたものだが、不思議なもので逆に最近はそうした定型文的な作りのドラマ(主に時代劇)の方を好むようになってきた気がする。
一つには、日本のドラマ事情が随分と様変わりして、いわゆる売れ線のドラマがロクな脚本を用意できずに陳腐化してる中で、テンプレートに支えられた作品のクオリティが一定のレベルを保ち、その完成度が逆転しつつある、ということもあるのだろうが、結局のところ、単に年を取って目新しいものを受け入れることが億劫になってきた、というのが本当のところなのかなぁ、と思わなくもない。
そういう趣味の変化を改めて感じたのが、この作品だった。
ジャンルとしては、幕末の江戸を舞台にした捕物帖ということになるのだが、いわゆる時代劇と違い、作中の時計が徐々に進んでいく中での、登場人物たちの人情模様の変化というものにこそ、この作品の面白みの中心があるように思う。
1話完結の短編連載であり、個々の話は割と淡々とした小品が多い。
正直、めっきり物覚えが悪くなった昨今の頭では、読んだ端からその内容を忘れていってしまうほどである。
しかし、主要な登場人物達の、紋切り型でありながら魅力的に描かれている人物像には好感を持つし、何より彼らの立場が時間と共に徐々に徐々に変化していくのがリアリティと親近感を増している。
シリーズは実はこの先まだ半分以上残っているので、実際この先どこまで話が膨らむのかちょっと想像もつかないのだが、とりあえずこの13巻で一度大きく人間関係が変化して、一段落というところ。
主人公の義妹である七重萌えで読んでいた私としても、ちょっと気持ちに一段落つけなければならないので(笑)この先はペースダウンしながらゆっくり付き合っていこうかと。
とりあえずここまでで一番面白かったのは「白藤検校の娘」、とメモしておいて14巻を手に取る。